原始社会とは原始的生活が営まれている{原始社会・文化・生活}

社会、または原始的な文化段階にある社会をいう。

「原始」という語は古くから中国にあったが、『易経』に「原始反終」とみえるように、「始めを原ねる」、「根原を推し究める」という意味をもっていた。

武内義雄の名著『老子原始』は、「原始」をその意味に用いた例である。

近代に至って中国や日本では英語のprimitiveの訳語として「原始」、「原始的」の語が採用され、「原始」に「元始」という意味が加わった。

英語のprimitiveやフランス語のprimitifなどは、ラテン語のprimitivusに由来している。

ローマ人は、「野蛮な」を意味することばとしてferusまたはギリシア語からきたbarbarusを用いたけれども、primitivusという語をそのような意味には使わなかった。

ギリシア、ローマ人は、彼らの祖先たちも、最初は周辺の野蛮人と同じように、粗野な状態にあったと考えていた。

そして重要な点は、この思考は中世のヨーロッパ人に受け継がれていたことである。

このヨーロッパ人が16世紀以来しきりに海外に進出し、アフリカ、アメリカ、オセアニアなどの各地で幾多の未開民族に接するようになると、これら諸民族の文化ないし社会は遠古の人間のそれらに類するとみなし、その未開状態を形容する語としてprimitiveということばを用いるようになった。

もっとも注意されるのは、この「原始的」という形容詞が、近代の文明人の祖先と現存の未開民族の両方に関して使用されたことである。

つまりprimitive、 primitif、 primitivの語は、中世・近代のヨーロッパ人によって、低度の文化、低級な社会を、新古の別なく漠然とさす形容詞として用いられるようになった。

こうした使用例は、イギリスにおける人類学的研究の基礎をつくったタイラーの名著『原始文化』Primitive Cultureに端的に認められる。

彼の方法論は、現在の未開民族のなかに、文明人の祖先たちが通過した遠古の文化諸要素の「残存」survivalsを捜し求め、それらを総合して文明人の「初期の歴史」early historyを再構成しようとすることにあった。
update:2010年02月09日